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【北信越ラボコラム】〈10〉北陸新幹線開業10年目に向けて

北陸新幹線開業10年に向けて
代表取締役 平原 匡(ひらはら ただし)

 北陸新幹線の上越妙高駅について一番近くで見続けてきたのは私たちであると自負しています。開業前、2015年の北陸新幹線開業、2016年のフルサットの開業、2019年の長野の水害による、長野車両庫の浸水など、様々なことが目に浮かびます。そこに被さってきたコロナ禍も3年目。想定通りとは言えない、順風満帆ではない現実はありますが、高速鉄道の駅がこの場所に出来たことは事実です。このあたりで北陸新幹線とこのエリアの可能性というものについて、私たちの視点を整理しておこうと思います。気が早いですが「10年」という区切りを出してみました。

 フルサットがある上越妙高駅周辺は上越妙高エリア(上越市・妙高市)のヘソであり、北信越エリアのヘソと言えます。海と山の両取りが出来る、高速道路と高速鉄道の両方の便に恵まれているのは大きな特徴。これから北陸新幹線が西へ西へと伸びて行き、新潟県の玄関、日本海に面した駅として、策とビジョンによっては存在感が増すことが予想出来ます。

 では、どんな存在感か?直近には敦賀延伸を2024年春に控えています。コロナ禍の影響もあり、延期はされたものの、延伸地域の期待は大きく、周辺にも広がってくると思います。また、直江津港という港、世界遺産を目指す佐渡への航路、インバウンドでの伸び代があるスノーカントリーリゾートである妙高エリア、上信越道という高速道路インフラを含めて、交通、情報のハブとしての特性をベースに、北陸の要、関西と関東の繋ぎ役を意識した企業の立地シフト、首都圏と長野との距離感を拡張し、北信とのネットワークもより深くなることでしょう。半世紀前に上越新幹線と関越道の開通がなされた頃を重ね合わせると、ちょうど歴史の繰り返しです。ひと・もの・情報の交流が促進されることが見えます。

 さて、その際にこのエリアが首都圏そのままの縮小版となるでしょうか?コロナ禍を経験し、同時に人口減少を体感している現代において、我々はそのような発展が進むとは思っていません。開発が進み、いわゆる都市化が進むことは事実ではあるとは思いますが、せっかくの歴史資源、自然環境、様々なものの流れの好環境を考えた時に、都市部と同じ景観、文化である必要はなく、都市部のエネルギーを一部吸収することで、コンパクトながら各分野の先端コンテンツが集まり、次代の社会にインパクトを与える「ローカルイノベーションタウン」を目指すという方向性を打ち出したいと考えています。太平洋側からの様々な事業者の拠点シフトをもって、新しいチャレンジが出来る「ローカルニューフロンティアエリア」を形成したい。

 そんな夢を描いている中で、上越妙高駅とその前に位置するフルサットは、これからを見据えた、余白一杯のプロジェクトの発端なのです。上越妙高駅周辺の土地の利用方針、用途が決まりつつあるといっても、それは一時的な利用が決まっただけと考えるべきで、長い歴史の中の一瞬です。今のままならどういう形にも、思いを詰め直すことも、加えることも出来ます。
 フルサットはベンチャー企業である我々が街をゼロからイチで作るという前例のないプロジェクト。まだ小さな「街区」に過ぎませんが、この恵まれた上越妙高駅前の環境を次世代に繋ぎたいという思いで、私たちはフルサットプロジェクトに力を注いできました。
 上越妙高駅が出来たことにより生まれた地域の余白。その余白を埋めるつもりだったフルサットは、実は進む時代の中で「可能性ある余白」としてあり続ける。チャレンジの余地はまだまだあり、始まったばかりです。
 10年という区切りを越えて、この先、10年、20年、30年後に向け、歩みを続ける。新しいチャレンジジングなコンテンツを集め、確実にコンテナタウンは成長しています。さらに皆様には、「フルサットの余白と伸び代」の活用にお力添え頂きたくよろしくお願いいたします。

参照/東洋経済オンラインにてインタビューされた際の記事(2021年11月)
https://toyokeizai.net/articles/-/466171

 

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